2011年11月25日金曜日

鮮血が出た

oryzasan氏が現地調査を行い、その結果を含めて11月21日にこのブログにコメントとして投稿していただきました。
その熱情に感謝します。

そして、oryzasan氏の調査結果(古柏井川は現花見川河道内に収まる規模だった)と私の想定するそれ(古柏井川は現花見川河道の外に広がっていた)は明白に異なります。
こうした展開になった以上、結論はともあれ、oryzasan氏の熱情の答えるためにも、現場で明白な事実を見つけるように私自身の調査が要請されます。

そして、本日その調査第1日を実施しました。
その結果の地形・地質的事実把握の報告は別記事で行います。

ここでは、私の心理状況を報告します。

1 これは散歩ではない
まず、現場に足を踏み入れた私に生起した心理状況は、「これは散歩ではない」「これは調査研究である」ということです。
私は、花見川流域を散歩して、受身的観察を行い、流域の地物などに興味を持ち、それをブログで情報発信することを趣味としています。
そうしたブログ方針に照らすと、この「現地調査」は能動的で目的意識を絞った「調査研究」です。
散歩ではありません。
散歩では行儀よく行動します。自身の安全やマナーにも十分配慮します。
能動的な調査研究では、そうは言っていられません。藪漕ぎや斜面の上り下りもしますし、結果としてゴルフ場内や学校敷地にも入ってしまいました。番犬にも吠えられました。

河川争奪というテーマは散歩というより、調査研究として興味が増しています。
柏井ゴルフ場内の凹地
普請盛土の外側に古柏井川の谷壁斜面が広がり、そのアンジュレーションがゴルフコースとして利用されています

2 40年ぶりの露頭観察で思う時代の変化
40数年前から40年ほど前までの数年間露頭観察に精を出したことがあります。
東名高速道路建設現場の大露頭などの観察を思い出します。
その当時は経済の高度成長期で、いたるところでブルドーザーがうなりをあげ、大小の露頭が無数にありました。
無数の露頭観察で地層を調べることになんら不思議を感じませんでした。

今朝、「露頭観察するぞ!」と意気込んで現場に出たのはいいのですが、結局私のイメージするような露頭らしい露頭にはほとんど出会えませんでした。
そして、経済の低成長時代の現代、そこかしこに露頭があるはずがないと、現実を思い知らされました。
露頭の多出という時代の用意した条件を活用して、火山灰を同定キーとして地形面対比するという時代は過ぎ去ってしまったに違いないと感じました。
露頭が少なければ、ボーリングやハンドオーガーにより調査することの重要性が高まると思いました。
地形の詳細な検討の意義も増します。

3 鮮血が出た
「鮮血が出た」と言っても、本当に血が出たわけではありません。比喩です。
露頭(現場)の前に出て、40年前の調査感覚(不明を解き明かす現場感覚)を感じることができれば、皮膚をナイフで切った時「鮮血が出る」と喩えていました。
調査感覚も戻らず、気持ちが萎えてしまえば、皮膚の切り口から「膿が出る」と喩えていました。
今日の現場で「鮮血が出た」のです。「現場感覚」は生きていました。まだ血液の循環が続いていたのです。
露頭は無かったり、小さかったけれど、その意味するところは理解できたし、空中写真実体視では分からない地形の対比や意味解釈ができました。
散歩ではあまりしない出会った人からのヒアリングも、今日は多くの人にしました。そこから貴重なヒントも得られました。
自分なりに先々の展望を感じることのできる現地調査でした。
砂の中にローム塊が混ざる盛土の露頭

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