2013年7月22日月曜日

千葉市立中央図書館所蔵「千葉市小字図」の館外帯出が叶う

花見川地峡の自然史と交通の記憶 38

2013.07.08記事「千葉市小字図(タイプ印刷)を実見する」で「千葉市小字図(タイプ印刷)」(和田茂右衛門、昭和53年)[コピー製本]について紹介しました。

1 館外帯出
このたび、千葉市立中央図書館の計らいで同書の館外帯出が叶い、自分のパソコンの前で使うことができるようになりましたので、報告します。
千葉市立中央図書館に感謝します。

パソコン前の机上で広げた「千葉市小字図」
(正面画面すぐの資料)

千葉市小字図の外姿
B4判約350ページのコピー製本

千葉市小字図は「絵にみる図でよむ千葉市図誌 上・下巻」(千葉市発行)の小字情報をさらに詳細分析する時に必要な専門資料(補完資料)として大変有用です。

2 「千葉市小字図」の「はしがき」紹介
私は地名、特に小字について興味を持っていて、いつかGIS上に小字図を作成したいと考えていますが、「千葉市小字図」の「はしがき」にも同じ願いが書いてありましたので、紹介します。

はしがき
世の落着きとともに、郷土史への関心が高まってきました。あたかも千葉開府八五〇年という加担もあり、社会教育の振興もあずかって老若を問わぬ取り組みは、郷土研究に新しい視点を当て、徐々に解明されてゆくことは喜びにたえません。
しかし、一方では首都圏の共通した現実として、宅地造成はじめ、開発の前に地域社会の崩壊も急速に進んでいます。そして民俗資料や古文書の消失、農村社会に伝承された地域の行事も忘却されてゆくことは、寂しい至りです。古いロマンを今日に伝えてくれる地名も消え去ります。
このような時期に、「小字図」は、郷土研究に欠かせぬ基礎史料としての意義を一段と高めることでしょう。
市内の小字図については、昭和三十年ごろの拙著が、県中央図書館の郷土室等で識者の利用に供されているところですが、その後、市域の拡大や町名の変更等で不便さは争えませんでした。
この度市内に散在する小字図をもとに、集録したのが、本冊子です。もとより手づくりなので、規格はまちまち。原図も、明治九年に村々から県へ提出したものが主体としたが戦後市域編入にあたり土地の所有関係を明確にしておく目的で作られた小字図もある。原図を何分の一かに縮図したので地名の判読しにくい地域もあります。
齢七十も半ばを過ぎての老躯が五年の歳月をかけ、タイプライターをうちつづけた地名解説とあわせ、ミカン箱に収めると十六箱の量に達しました。この時期を逸しては、千葉市の小字図の集大成は一層困難になるであろうという危惧からあえて手がけた稿本です。
近い将来には、千葉市の事業として一万分の一ぐらいの現代地形図に統一的な小字図が完成されることを願ってやまない。
なお小字名等の不鮮明については、原図が左記に保存されているので照合いただきたい。
・千葉県中央図書館・郷土室
・和田宅 千葉市院内○の○の○
昭和五十三年盛夏 和田茂右衛門
協力 安藤一郎 西川明
1 №2327に相当する長沼原、三角、大日、千種の各町の資料が未発見なので欠番。
2 №48松が丘も未発見につき欠番。№70は大高町と小山町共有番号
3 №72「谷津村」とは、現在の「椎名崎町(№80)内に属するものです。
以上

「近い将来には、千葉市の事業として一万分の一ぐらいの現代地形図に統一的な小字図が完成されることを願ってやまない。」という和田茂右衛門先生の願いは実現していません。

さて、昭和53年(1978年)から現在(2013年)までの35年間で技術が大いに進歩し、個人レベルで、GIS上で(パソコン上で)小字図をつくることが、技術面では難なくできるようになりました。
そこで、近い将来、千葉市を含む近隣地域の小字図(界線図)をつくりたいと思っています。
作業量は結構なものになると思いますが、「千葉市小字図」を作成するために和田先生が要した眩暈のするような膨大な時間と比べると、至ってコンパクトな作業であり、個人で作成できると思っています。

つづく

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