2014年6月27日金曜日

印旛沼筋河川争奪仮説のまとめ

シリーズ 花見川地峡成立の自然史 -仮説的検討- 
第3部 印旛沼筋河川争奪に遡る その18

「第3部 印旛沼筋河川争奪に遡る」の最終回として、これまで検討してきた印旛沼筋河川争奪仮説をとりまとめました。
2014.05.12記事「印旛沼筋河川争奪の見立て(仮説)」で示した見立て(仮説)の表を約1ヶ月半でかなり充実させることができました。

1 印旛沼筋河川争奪仮説
現在(2014.06.27)までに得られた情報で、印旛沼筋河川争奪仮説を次の表にまとめました。

印旛沼筋河川争奪仮説
項目
内容
名称
印旛沼筋河川争奪
関係場所
千葉県白井市、船橋市、八千代市、千葉市、四街道市、印西市、佐倉市
関係河川
争奪河川:鹿島川
被奪河川:古平戸川(※)
争奪原理
動的河川争奪(※※)又は湖沼域争奪
(オーソドックスな河川争奪原理と異なる。)
争奪タイプ
河道逆行争奪(※※※)
(これまでに花見川河川争奪でのみ発見された珍しい河川争奪タイプである。)
河川争奪であることの証拠
●直接証拠
下総下位面A面(争奪前地形面)と下総下位面B面(争奪後地形面)の分布
●間接証拠
河川争奪を否定すると次の異常が存在することになるので、この異常の存在から逆に河川争奪の存在を証明することができる。
1 印旛沼水系のパターン異常(白井市、八千代市付近)
2 下総下位面時代の谷津幅異常
3 下総下位面構成地層の異常
河川争奪の成因
1 利根川による古平戸川出口の閉塞
(古平戸川流域の営力上の孤立・湖沼化)
2 利根川及び鹿島川の河床低下
(古平戸川より鹿島川の河床が低くなり、侵蝕力に関して古平戸川に対する鹿島川の優位性が発生する。)
河川争奪の地形面モデル
印旛沼筋河川争奪成因モデル 2014.06.24 (下に掲載)
河川争奪時期
下総下位面形成時代の最後期(下総下位面B面形成時代)…約10万年前
地殻運動との関連
印旛沼筋では大局的に見ると、北西部(手賀沼方向)で沈下し、南東部(角崎付近)で隆起する地殻変動が見られる。この地殻変動の大部分は河川争奪後に生起したものであると考える。
印旛沼筋周辺には、地形に反映する多数の隆起軸・沈降軸・断層や規模の大きな陥没地形(オタマジャクシ状凹地)など顕著で複雑な地殻変動がみられる。
これらの変動地形の大部分は、河川争奪後のある期間に集中してできたものであると考える。
関連文献
・印旛沼筋河川争奪に言及した文献はない。
・常総粘土層堆積期(下総下位面形成時代)の印旛沼筋流向を現在と真逆に思考して作成された古地理図が「菊地隆男(1980):古東京湾、アーバンクボタNO18」に掲載されている。
この古地理図は印旛沼筋河川争奪仮説と整合する情報である。
・約10万年前(下総下位面形成時代)のオリジナル古地理図が「千葉県の自然誌 本編2 千葉県の大地」(1997、千葉県発行)に掲載されている。
この古地理図では古利根川の分流が印旛沼筋を現在と同じ方向に流れている。
この古地理図の作成手法や裏付けデータを著者に確認した上で吟味した。その結果この古地理図は誤りであると考える。

 ※ 新川の古称である平戸川を援用して、勝田川を源流にして桑納川等を合わせ、平戸から手賀沼方面に流れていた古河川を古平戸川と呼びます。
※※ 動的河川争奪については2014.04.22記事「花見川河川争奪の特異な原理 動的河川争奪」参照
※※※ 河道逆行争奪については2014.04.24記事「新たな河川争奪タイプ分類 河道逆行争奪」参照

印旛沼筋河川争奪成因モデル 2014.06.24

2 今後の検討(メモ)
今後次のような調査を企画し実施したいと思います 。

2-1 現地調査
・花見川河川争奪は現地調査から始めていますが、印旛沼筋河川争奪はGISでの検討から始めていて、まだ現地調査をほとんどしていません。
・これから現地調査を行い、机上調査結果を確かめて行きます。

2-2 自然地形の復原
・宅地開発地の自然地形復元を旧版2.5万図で行い、地形検討の精度を向上させます。
・旧版2.5万図24面の電子化まで終わっているので、GISプロット作業から始めます。

2-3 千葉第1段丘と千葉第2段丘の分布確認調査
・印旛沼筋の千葉第1段丘と第2段丘の分布確認は正確なものはないので、調査して作成します。

2-4 下総下位面の鹿島川流域分布調査
・鹿島川流域の大部分では下総下位面の分布確認が行われていないので、調査して作成します。

2-5 印旛沼筋河川争奪仮説のバージョンアップ
2-1~2-4に基づいて印旛沼筋河川争奪仮説のさらなるバージョンアップを行います。

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