2014年11月22日土曜日

古代「東海道水運支路」(仮説)を理解するためのキーワード「船越」

花見川地峡史-メモ・仮説集->3花見川地峡の利用・開発史> 3.4〔仮説〕律令国家の直線道路、東海道水運支路の検討>3.4.2古代「東海道水運支路」(仮説)を理解するためのキーワード「船越」

「〔仮説〕律令国家の直線道路、東海道水運支路」の本検討に入る前に、古代水運路を理解する重要なキーワード(概念)「船越」について、私の考えるところをまとめておきます。

1 古代内陸水運路が遠距離(広域)をつなぐことができたシステム原理
一般論として、古代の内陸水運路は次のようなシステムで人・物資の遠距離移動を可能にしていたと考えます。

古代内陸水運路が遠距離(広域)をつなぐことができたシステム原理

水運路を地峡部で陸運路により繋げるという仕組みは、陸運路が未発達であり、かつ河川改修や運河建設技術のなかった古代特有のものであると考えます。

2 「水運路をつなぐ地峡部の陸運路」に用語「船越」を当てる
水運路をつなぐ地峡部の陸運路は、本来的意味での陸運路ではなく、水運路の一部としての陸運路です。
この水運路の一部としての陸運路を仮にXと称することにします。

私はこのXという概念に適切な用語が存在しているのかどうか、専門家でないので知りません。一般市民のつらいところです。
しかしX概念に名称を与えることができると、「東海道水運支路」(仮説)の理解が深まることは確実であると考えます。
そこで、X概念にふさわしい専門用語が見つかるまで、このブログで仮に「船越」という言葉をX概念を表現する用語として使うこととします。

X概念になぜ船越という用語を当てるかというと、全国的にみてこのような場所に地名「船越」が多いからです。
地名船越が全国にあるということは、古代からX概念の場所を船越と称してきていると考えるからです。

※ 地名「船越」に関する検討はブログ「ジオパークを学ぶ」で2013年5月、6月に行いましたので詳細はそちらを参照してください。

※ 地名「船越」の場所が、舟を陸路曳いて別の水域に移動させる場所である場合もありますが、ここで使う「船越」はあくまで水運路をつなぐ陸運路の意味です。その場所で舟を陸路曳いたかどうかということとはかかわりのない概念です。

古代内陸水運路のシステムを簡略的に表現すると次のようになります。

古代内陸水運路システム

次の図は縄文時代交通路の台地越部に関するイメージ図です。
船越について説明したイメージになっています。


参考 縄文時代交通路の台地越部に関するイメージ
2014.10.01記事「縄文交通路パターン作業仮説 追補」掲載図

3 「東海道水運支路」(仮説)の船越

「東海道水運支路」(仮説)における船越部分を図示すると次のようになります。

「東海道水運支路」(仮設)における船越部分

「東海道水運支路」(仮説)をこのように捉えて、これから順次考察を深めるとともに、他の場所における類似事例との比較もしたいと思います。


この記事で仮定義した「船越」が存在する古代水運路の他所事例例(神奈川県、長崎県)を次の記事で紹介します。
つづく

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