2014年12月12日金曜日

50㎝刻み地形段彩図で古代駅名称を考える

花見川地峡史-メモ・仮説集->3花見川地峡の利用・開発史> 3.4〔仮説〕律令国家の直線道路、東海道水運支路の検討>3.4.17 50㎝刻み地形段彩図で古代駅名称を考える

1 井上(いかみ)駅

井上という名称は、通常の砂州形状と異なり、まるで水流を堰き止めるような珍しい砂州が存在していて、それを井(=井堰)にたとえ、その井(=井堰)つまり砂州の上の土地を井上(いかみ)と呼んだ地名に由来すると考えます。

現代では井上を「いかみ」と読んでいますが、古代の発音は「いうえ」あるいは「いのうえ」であった可能性が強いと思います。

井上駅家は砂州上にあったと考えます。

井上駅家の場所推定

井上駅家付近の風景
5mメッシュを活用して、地図太郎PLUS、Kashmir3Dを使って描画。

井上駅家付近の風景(説明)

参考 井上駅家付近の風景(説明)

参考 国府台遺跡出土 墨書土器
「千葉県の歴史 資料編 考古3(奈良・平安時代)」(千葉県発行)より引用
この井上が書かれた墨書土器の出土により、この地が井上駅であることが決定づけられたようです。

2 浮島(うきしま)駅

浮島という名称は、幕張の砂丘が周辺台地と一体に見えないで、島状の形状になっているので、それを水面に浮かぶ葦などがつくる浮島にたとえた地名に由来すると考えます。

浮島駅家は砂丘上にあったと考えます 。

なお、延喜式には浮島牛牧という施設名称がでてきます。この浮島牛牧は、この古代地名「浮島」の場所、つまり幕張の砂丘上にあったと考えます。
浮島牛牧と浮島駅家が隣接して同時に存在していたと考えます。

浮島駅家の場所推定

浮島駅家付近の風景
5mメッシュを活用して、地図太郎PLUS、Kashmir3Dを使って描画。

浮島駅家付近の風景(説明)

3 河曲(かわわ)駅家

河曲という名称は、古代都川の流路が大きくメアンダーしていて、その有様が地名となり、その地名に由来すると考えます。

河曲駅家は都川が大曲する要因となっている砂州の上にあったと考えます。

河曲駅家の場所推定

河曲駅家付近の風景
5mメッシュを活用して、地図太郎PLUS、Kashmir3Dを使って描画。

河曲駅家付近の風景(説明)

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他の古代駅名称の検討も今後行い、折に触れて記事にしたいと考えています。

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