2015年6月5日金曜日

八千代市井戸向遺跡の「竪/掘」値(タテホリチ)

花見川地峡史-メモ・仮説集->3花見川地峡の利用・開発史> 3.4〔仮説〕律令国家の直線道路、東海道水運支路の検討>3.4.141 八千代市井戸向遺跡の「竪/掘」値(タテホリチ)

八千代市白幡前遺跡北隣の井戸向遺跡検討に入ります。
白幡前遺跡と井戸向遺跡の性格は類似していると考えられますから、同じような視点・指標で検討したいと思います。

検討の基礎資料は「八千代市井戸向遺跡 -萱田地区埋蔵文化財調査報告書Ⅳ- 本文編」(1987、住宅・都市整備公団 首都圏都市開発本部・財団法人千葉県文化財センター)及び「同 図版編」(同)です。

白幡前遺跡の報告書と異なり、この報告書は図書館から帯出できて、自分の机上で利用できますからストレスが少ない作業をすることができます。

1 井戸向遺跡のゾーン区分
報告書では遺物・遺構をⅠ~Ⅳの群に分けて記述しています。
このブログではこの遺物・遺構群を地域的なゾーン区分に見立てて利用することにします。

八千代市井戸向遺跡のゾーン区分

2 井戸向遺跡の地形
現在地形(開発後地形)とゾーン区分図を重ねると次のようになります。

現在地形とゾーン区分図のオーバーレイ

Ⅰゾーンは標高14m~18m程度の河岸段丘上に位置します。
白幡前遺跡の1Aゾーン、1Bゾーンと同じ立地です。

平戸川(現在の新川)の津から直接利用できる交通が便利な場所であり、Ⅰゾーンは白幡前遺跡1A・1Bゾーンと類似の利用のされ方が予想されます。

Ⅱ・Ⅲ・Ⅳゾーンは標高18m以上の台地面上に位置します。
白幡前遺跡の2A~2F、3ゾーンと同じ立地です。

3 井戸向遺跡の「竪/掘」値(タテホリチ)
ゾーン別の竪穴住居跡、掘立柱建物跡、竪穴住居跡/掘立柱建物跡の値を次に示します。

八千代市井戸向遺跡の建物指標

竪穴住居跡/掘立柱建物跡の値は1棟の掘立柱建物を支える(あるいは利用する)竪穴住居の数であると考えることができます。
この数値が大きければ竪穴住居数に対して掘立柱建物数が少ないことを示し、反対に数値が小さければ竪穴住居数に対して掘立柱建物数が多いことを示しています。

この数値(竪穴住居跡数/掘立柱建物跡数)をこのブログでは仮に「竪/掘」値(タテホリチ)と呼ぶことにします。

奈良時代・平安時代にあっては、「竪/掘」値が大きい集落は一般農業集落的性格が強く、「竪/掘」値が小さい集落は掘立柱建物を居住や業務・倉庫としてとりわけ多数利用していることから、支配層居住地域、業務地域、職能集団活動地域、寺院・陰陽師活動地域などの性格が強いと考えます。
(白幡前遺跡の「竪/掘」値の検討は2015.04.15記事「八千代市白幡前遺跡 掘立柱建物を指標とした集落イメージの検討」で行っています。)

井戸向遺跡の「竪/掘」値を図化すると次のようになります。

井戸向遺跡の「竪/掘」値の図化

井戸向遺跡ではⅠゾーンとⅢゾーンの「竪/掘」値が小さく業務上の地域であると予想します。ⅡゾーンとⅣゾーンは一般農業集落的性格が強いと予想します。

このような予想を立てた上で、今後出土物の検討を進め、井戸向遺跡の性格や白幡前遺跡との関係を考察します。

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