2016年3月25日金曜日

船尾白幡遺跡 鉄の道具

花見川地峡史-メモ・仮説集->3花見川地峡の利用・開発史> 3.4〔仮説〕律令国家の直線道路、東海道水運支路の検討>3.4.312 船尾白幡遺跡 鉄の道具

鉄鏃と刀子を除く鉄製の道具類について考察します。

船尾白幡遺跡の鉄製品(鉄鏃と刀子を除く)の出土数は次の通りです。

船尾白幡遺跡 鉄製品(鉄鏃と刀子を除く)の出土数

製品別にみると鎌の出土数が最も多くなっています。

これを年代別に見ると次のようになります。

船尾白幡遺跡 鉄製品(鉄鏃と刀子を除く)の年代別出土数

鎌は各年代から継続して出土し、同時に各年代ともに出土数が多くなっています。

このことから、鎌の用途がもし特定の用途(特定の作物に関わるような用途)であれば、船尾白幡遺跡の生業の一つを手繰り寄せることができると思います。

出土した鎌の形状等から、その用途が特定できるのか、できないのか、専門的知識がないので残念ながらわかりません。

一方、紡錘車の出土状況と小字地名(白幡)から、船尾白幡遺跡の主要生業の一つが絹生産ではないかと疑っています。

もし絹生産が主要生業の一つであるとすると、鎌は桑切鎌であることになります。


次に鉄製品の分布状況を見てみます。

鉄鏃と刀子を除く鉄製品の出土数の分布は次のようになります。

船尾白幡遺跡 鉄製品出土状況(鉄鏃と刀子を除く)

全鉄製品(鉄鏃と刀子を除く)の分布状況はほぼ竪穴住居の分布と一致するように観察できます。

次に、鎌の出土状況を示します。

船尾白幡遺跡 鎌出土状況

参考に紡錘車の分布図を再掲します。

参考 白幡前遺跡 紡錘車出土状況

紡錘車出土はDゾーン中心で隣接するC、Eゾーンにも分布し、Fゾーンは少なくなっています。Dゾーンに偏在していると言っていいと思います。その偏在性と小字「白幡」をリンクさせて考えています。

ところが、鎌はFゾーンからも集中出土していて、紡錘車のようにDゾーン付近に偏在している状況にはなっていません。

紡錘車と鎌は出土数が多いので、同じ生業に関わる道具と考えてよいと思います。

紡錘車と鎌は桑-繭(絹)生産、麻-麻布生産、あるいはその両方に関わる道具だと考えます。

このブログでは小字白幡の存在から桑-繭(絹)生産が白幡前遺跡の主要生業ではないだろうかと疑っています。

もし、その推定が正しいとすると、紡錘車と鎌出土分布の相違は次のように解釈します。

・紡錘車分布が絹糸生産と絹織物生産の場所を示す。

・鎌分布が繭生産の場所を示す。

つまり、桑の木を植えて蚕を育て繭を生産する場所は集落全体に広がっていて、その繭から絹糸を取り出し、絹織物をつくる場所は特定の場所に限られていたと考えます。

絹生産という当時の最先端バイオテクノロジーを活用した生業では集落内で一種の分業が行われていたと考えることになります。

次に鉄製品種別出土状況を掲載します。

船尾白幡遺跡 穂摘具出土状況

船尾白幡遺跡 斧出土状況

船尾白幡遺跡 錐出土状況

船尾白幡遺跡 槍鉋出土状況

船尾白幡遺跡 くるる鍵出土状況

船尾白幡遺跡 釘出土状況

船尾白幡遺跡 不明鉄製品出土状況

これらの分布図から、DゾーンとFゾーンはともに各種鉄製品を出土し、拠点性をもっていたと考えることができます。

しかし、Fゾーンは鎌出土が多いにも関わらず紡錘車出土が少ないので、Dゾーンの配下(指導下)にあるより現場性のより強い拠点であったと考えます。原材料生産拠点であったと考えます。


Dゾーンは原材料が製品化される産業集約拠点であったと考えます。

Dゾーンは原材料(繭)を製品(絹織物)にする付加価値の高い生産現場であり、その場所がすなわり集落の政治的統治拠点であることから、この場所から銙帯が出土しているのだと思います。


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