2016年6月3日金曜日

「ナイ」地名、半濁音地名、「ホロ・ポロ」地名

鏡味完二の著作物に「メナ」地名以外に、アイヌ語地名として「ナイ」地名、半濁音地名、「ホロ・ポロ」地名が記述されていますので、それを紹介しながら、千葉県における存在について検討します。

1 「ナイ」の地名

1-1 鏡味完二の記述

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「Nai」の地名

バチラーの辞書には,『北海道では「小川」に,樺太では「大きい川」にNaiを用いる。Na=Water,i=loative particleとしている。

日本の古語に川や水を意味するNaiはないし,朝鮮にもMalay語にもないらしい。ただ慶州に"閼川"(Arunai)という川の名があるが,これはSira・ngi語の"Nare"(=川)が今日"Nai"となっている特例である。

このようにNaiはAinu語以外では解けないようである。

またNaiの地名は川を意味しているということは,読図からすぐ解ることで,その実例は非常に多い。

次にこの地名の分布〔地図篇,Fig.204〕を見ると,北海道と東北地方に多い。

即ちNaiの地名の分布相は,Ezo的性格をもっている。

そしてその分布の重心は北海道にある。

これ丈けのことが確かめられたならば,この地名はも早や,大和文化や朝鮮文化の遺産でないことが極めて明確である。

Naiの地名の分布上の不連続線は,仙台の北方にあり,動物地理学上の分界線である津軽海峡にないことは,金田一博士の指摘された通りである。

この秋田,岩手両県の南境の1線は,地理学的な線,即ち米作と養蚕の長い歴史を通じての北限線であったに違いない。

これは日本読史地図などを繙いてみればよく解ることで,平安~鎌倉時代(約800年前)以前は,この線の以北は殆んど集落や地名がなく空白になっている。

これに比して津軽海峡は,室町時代から明治の初め北海道の開発までの,割合に短い年数に限られていた間のEzoの分界(但し松前は織豊頃から知られた名らしい)であったためと思われる。

鏡味完二(1981)「日本地名学(上)科学編」(東洋書林)(初版1957)から引用


-nai

鏡味完二(1958)「日本地名学 地図編」(日本地名学研究所)から引用

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1-2 「ナイ」地名の千葉県小字データベース検索結果

語尾に「ナイ」がつく小字を検索すると、44件がヒットしました。

語尾にナイがつく小字

ヒットした小字のほとんどが、漢字(当て字)を見ながら読むとそれがアイヌ語であるかどうか判断できません。

当て字を無視すれば、アイヌ語起源であるという想定を否定する根拠がある物は少数です。

検索結果からアイヌ語起源の地名を抽出することはできませんでした。



2 半濁音の地名

2-1 鏡味完二の記述

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「半濁音」の地名

Ainu語には朝鮮語などよりも著るしく半濁音が混っている。

日本語では周知のようにP音はF音に,更にH音にと転化したことは音韻史上,有名な現象である。

そこでこの半濁音即ちPa,Pi,Pu,Pe,PoのP音を含む地名を,地図上に拾い出してみると,〔地図篇,Fig.91〕のような分布図ができる。

すると北海道に非常に分布が濃やかであって,これはAinu語のものであるということを卒直に認めうる。

しかも亦津軽海峡以南の分布をみても,明らかに東北日本に多く,西南日本に少い。

つまりAinu語の本場である北海道から,南方に尾をひく彗星のような分布型をなしている。

しかし大体,津軽海峡を以て急に南方に疎な分布に変化。

即ち津軽海峡に第1の不連続線があり,琵琶湖地峡に第2のそれがある。

津軽海峡にみるこの鮮かな不連続線の存在は,日本の地名がP>F>Hの日本上代語内にあっての転化が,奈良朝頃から行われていたこと,地名の変化はその語幹にみられることは稀であるが,音韻的に転化することは容易であることなどから頷かれる。

また北海道の地名は,奥州の地名よりもAinu語の地名をうけついでから日尚浅く,その上北海道の人口密度は極めて低いから,未だ充分に日本語化されていないからでもある。

但しこの分布図に入れた地名には,"六本松"とか"日本平"とか"別府"とかの,日本語で当然半濁音を取らなくては発音上工合の悪いもの,そしてそれが明らかに日本語であってAinu語でないことの確かなものは除いてある。

鏡味完二(1981)「日本地名学(上)科学編」(東洋書林)(初版1957)から引用

半濁音の地名

鏡味完二(1958)「日本地名学 地図編」(日本地名学研究所)から引用

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2-2 半濁音の地名の千葉県小字データベース検索結果

半濁音の小字を検索すると、9件がヒットしました。

半濁音の小字

半濁音が含まれ、一本松(イッポンマツ)のように通常の日本語で普通に使うものを除くと、確かに9件がヒットします。

しかし、このうちの多くが、地元特有のなまりであると感じてしまいます。

見つけ出そうとしているアイヌ語(=縄文語)起源であると確認(直観)できるものがありません。

この9件のなかにアイヌ語地名が含まれているかもしれません。

しかし、残念ながら、現在の私にはそれを特定する知識を持ち合わせていません。


3 ホロ・ポロの地名

3-1 鏡味完二の記述

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Horo・Poroの地名

Horoの語原はAinu語では「大きい」で,北海道はじめ北奥には,幌地や保呂羽などの地名がある。

日本上代語にもHoroがあって,松岡氏の辞書には,『ホロ(保呂),ホ(帆)ロ(接尾)空気を利用した戎衣』とあるし,日本の方言にはHoroは種々の意味で用いられている。

しかし日本語のこれらの言葉は凡て地名になりそうもないものばかりである。

これに対して満州語にはHoloがあり,「山谷」の意で,朝鮮語の洞(Kor)もこれと同根らしい。

洞は元来,新羅語では「谷」で,それが谷地にある集落名となり,高麗や李朝に降っては,やや広い意味に使われ,町村の義に転じて,平地に散在する集落の名ともなり,洞はTongまたはKorとなっている。

このように満州語のHoloは,朝鮮に来て発音が変ってしまい,従って日本の地名Horoとは縁がないとしてもよいであろう。

さてこのHoroの地名の分布をみると,〔地図篇,Fig.107〕のように,北海道には全面的に多く分布して,それが北奥に延びて仙台以北まで達している。

仙台以南は非常に分布が疎である。

仙台の北にある不連続線は,上記のNaiの分布と全く一致している。

この分布の形態,その分布の重心の位置は,このHoroの地名がEzo型であることを示し,満州語のHoloとは無関係であることを同時に物語っている。

ここで語原の詮索と分布の形態とが合致したわけである。

この地名の地形への適用は区々であるが,矢張り広いとか大きいとかの性質によっている。

北海道では河谷が一番多く段丘,沼地,鈍頂・平頂の山,山腹,台地,デルタ,海岸平野,カルデラなどに命名され,北海道以外内地には,同様に河谷が多いが,円頂丘,平頂峯,丘陵平坦面,洪積台地などにみられる。

鏡味完二(1981)「日本地名学(上)科学編」(東洋書林)(初版1957)から引用

Horo・Poroの地名

鏡味完二(1958)「日本地名学 地図編」(日本地名学研究所)から引用

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3-2 ホロ・ポロの地名の千葉県小字データベース検索結果

ホロ・ポロの小字を検索すると、次の1件がヒットしました。

●ホロ・ポロ地名の検索結果
・山武市椎崎 コッホロ

アイヌ語でコツは窪地や谷を、ホロは大きいという意味で、大きな谷ということになります。

そもそも当て字が無い小字ですからアイヌ語(つまり縄文語)地名と言って間違いないと思います。

その位置を次に示します。

アイヌ語地名 小字「コッホロ」の位置

コッホロの位置は九十九里浜の平野部近くの太平洋岸水系の台地です。

2016.06.02記事「千葉県のアイヌ語地名「メナ」」で検討した「メナ」地名と合わせて考えると、九十九里浜という平野部に限定することなく、周辺台地を含めて、太平洋水系流域に弥生時代や古墳時代頃まで縄文語を話す集団が存在していた可能性を考えることができそうです。

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