2017年7月29日土曜日

イナウ学習 鉄器以前のイナウ

イナウに関する付け焼刃学習の第4回目です。

2017.07.28記事「イナウ学習 柳田國男「花とイナウ」による」で柳田國男のイナウに関する興味を学習しました。

柳田國男は「花とイナウ」の中で「小刀のまだ普及せぬ頃の、アイヌの中ではどうであったらうか。二つの種族における一つの習俗の、同源異源を説く前には何とかしてこの點を明らかにして置く必要があると思ふ。」と疑問を述べています。

現在見ることのできるイナウは古いものも含めて全て鉄器により作られたものです。
鉄器以前、つまり石器で作られたイナウを見たことはありませんし、それがどのようなものであったか問題にした研究の存在を(自分が素人なので)知りません。

柳田國男は鉄器以前にイナウが作られていたのかどうか疑問を呈しているのですが、その解答はだれもできないのではないかと思います。

しかし、西根遺跡出土丸木製品(発掘調査報告書では杭)が石器で作られたイナウである可能性が濃厚になりました。

石器でつくられた縄文時代後期のイナウ(想定)

この物的証拠が専門家によって認められるならば、縄文人が日常作って祭祀に使っていたイナウの風習がそのままアイヌに受け継がれていると考えられます。

縄文社会の祭祀の様子をアイヌの祭祀から読み解くことができるという思考の根拠になります。

柳田國男がこの情報を知れば、アイヌに残ったイナウという風習と和人に残った削り花が同源であると理解したに違いありません。


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